綾瀬市の工業

■ 綾瀬市の歴史

綾瀬市は、関東ローム層の土中深く埋もれた諸遺跡の発掘調査から、およそ4万年前の先土器時代に既に人が生活していた形跡がある。

日本書紀には綾瀬市域を含む高座郡の記述が見られ、早川の宮久保遺跡からは、天平5(733)年の銘をもつ木簡が出土し、古代相模の中心地域だったとも推定される。

鎌倉時代には、幕府の有力な御家人として活躍した渋谷一族が当地を支配し、江戸時代には台地の新田開発が盛んに行われた。

明治22年に市制・町村制が施行され、8ヵ村が合併し「綾瀬村」が誕生した。

昭和12年の日中戦争勃発とともに軍備が拡充され、同16年市北東部に相模野海軍航空隊等が設置され、厚木基地は首都防衛の主要基地となった。

同20年4月1日、軍施設設置による人口増を背景に町制を施行した。8月に敗戦となり、30日に連合国軍総司令官のマッカーサーが厚木基地に降り立った。

昭和40年以降の人口増加は著しく、北部・西部は主として住宅が立地し、東部・西部は工業団地が形成されている。

昭和53年11月1日市制を施行し、綾瀬市となり、平成元年4月「綾瀬」誕生100年を迎え、神奈川県で最も新しい市として、若さと活気あふれる都市として現在に至る。

■ 綾瀬市の現況

綾瀬市は、人口約8万4千人(平成27年4月1日現在)都心へ約40㎞、横浜へ約20㎞の首都圏内にあり、西に大山・丹沢山塊を望み遠く富士を仰ぐ豊かな自然と人の優しさが魅力のまちである。

神奈川県内では最も新しい市であり、市内の面積の18%強が在日米海軍と海上自衛隊の厚木基地になっており、常に騒音問題がある。

市南部には東海道新幹線、北部には東名高速道路が通っているが、鉄道駅やインターチェンジ等の施設が市内には設置されていないことから、市外にあるインターチェンジからの自動車または、市外鉄道駅からの路線バスを含む自動車交通に依存しているため、朝夕のラッシュ時には、各所で渋滞が発生している。

■ 綾瀬市の工業

綾瀬市の工業は、「平成24年における4人以上の従業員のいる市内の工業事業所数は417事業所で、これは横浜市、川崎市、相模原市に続く、県内4位の企業集積を誇る「ものづくり」のまちとなっている。

工業団地は、県工場立地図に基づく4か所(3か所は工業団地協同組合)と、2つの任意団体がある。

しかし、立地企業の大部分は資本金3億円以下及び従業者300人以下の中小企業であり、その多くは、従業員20人以下の小規模零細企業で、墨田区・大田区に負けない工業技術力を有している事業所が数多く存在している。

綾瀬市では、「企業の立地促進等に関する条例」を平成24年4月1日に施行し、企業立地等の促進、市民の雇用機会の創出及び拡大を図るため、企業の市内進出や既存企業の事業拡大を積極的に支援しており、また、市の北部を東西に走る東名高速道路には、(仮称)綾瀬スマートインターチェンジの建設が決定され、平成29年度末の供用開始により、首都圏のみならず、圏央道を経由し北関東、信越地方とも高速道路で結ばれることになり、交通アクセスが格段に改善され、他市から綾瀬市への新たな企業の進出や市内既存企業の事業拡大が期待されている。

市内に本社を置く主な企業

  • 多摩川電子(多摩川ホールディングス)
  • メイコー
  • 横浜乳業
  • エムケーチーズ
  • ガステック
  • 油研工業
  • 秋本食品
  • 屏風浦工業
  • 日南

市内に事業所を置く主な企業

  • 日立オートモティブシステムズ 相模事業所(旧・トキコ→日立製作所 オートモティブシステムグループ)
  • キヤノン 綾瀬事業所
  • サントリープロダクツ 神奈川綾瀬工場
  • トピー工業 綾瀬製造所
  • 東ソー 東京研究所
  • 東罐興業
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